選評:30万アクセス記念句会

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30万アクセス記念句会の選評を、選者の真島久美子氏、月波与生氏、森山文切の対談形式で行いました。閲覧について注意事項がございますので、下の「必ずお読みください」の内容をご理解の上ご覧ください。

本ページの最下部にコメント欄がありますので、企画の是非も含め、ご意見ご感想いただけたら幸いです。

議論期間:平成30年1月10日から1月20日まで
実施方法:スマホアプリ 「Google スプレッドシート」でファイル共有し、コメントを書き込む形で実施

!!!必ずお読みください!!!

1. 評は句についてであり作者を批判する意図はございません。

2. 読みやすくする目的で、各選者のコメントから「思う」「感じる」などを編集で極力省いております。断定的な表現となっていますが、各選者とも自分の考えが正しいなどとは思っておらず、あくまで1つの考え方を提示しているものです

3. リクエストがあった句は全句と、各選者数句ずつ選んで議論しています。どの句がリクエストの句で、どの句が選者が選んだ句かは示しません。議論の順番は、結果ページの全投句一覧の掲載順です。

真島久美子
卑弥呼の里川柳会会長
月波与生
おかじょうき川柳社所属
ブログはこちらから
森山文切
川柳塔おきなわ準備室管理人

投句全体について

今回はGoogleスプレッドシートでの選評です。よろしくお願いします。まず、没句も含めた157句の全体の印象をお願いします。
普段見かけないような句もいくつかあって、選をしていて楽しかったです。いつもは題詠の選が多いので自由吟の選は新鮮でした。
いい句もありましたが、挑戦的な句はそんなに多くなかった印象です。
没句も公開されるので、無難な句でという投句者もおられたかもしれませんね。もちろん挑戦的な句もありましたが。

ではさっそくですが選評に移りたいと思います。

3名入選の句

3名入選の句から。全部で5句でしたので全句コメントをいただきますが、意見が分かれた句を重視したいのでそれぞれ一言ずつでお願いします。
諦めた人からぬらりひょんになる 橋倉久美子
気持ち悪さと気持ち良さが共存していて、不思議な味わいがあった。ぬらりひょんが全て。
音の響き、具象それ自体ともいかにも諦めている感じがある。具象の引き立て方がうまい。
ぬらりひょんかマツコデラックスかで迷い、ぬらりひょんにしました。固有名詞にもたれるのを良しとするかどうか。
砂時計寝かせ駱駝と揺れている 西沢葉火
砂時計を寝かせた形、砂、砂が落ちるゆっくりさ、どれも駱駝のイメージとリンクします。
そうですね。砂時計、駱駝、揺れる、と必殺語が多すぎる印象はありますが。
天に選ぶ句は「出会ってしまった」という衝撃があるけど、この句は珍しくゆっくり上位に上がっていった。乾燥した空気が私には大きな魅力だった。「揺れている」という表現は浅くて広いから、私もよく使っちゃう。
失ったものがバケツを深くする 柴田比呂志
哲学的なわからなさが良い。星飛雄馬が鞠をつく少女を見て消える魔球を思いついたわからなさ、のような不安感があります。
正直没か入選かで迷いました。

失ったものが器を深くする

だったら人生訓川柳でしょう?器がバケツになっただけなので迷いましたが、最終的にはバケツの深さで入選としました。

人生訓は思い浮かべなかったな。庭の隅にある、ヒビ割れたバケツの深さは未知の世界。
神様が向けるナイフのようなもの 城水めぐみ
「のようなもの」は常套句っぽいですが、目の前に神様とナイフがあり、日常にあるナイフの方がぼんやりしていて、神様の方がはっきり認知できている点に感性の刺激がありました。
助詞が全てだよね。「神様に」じゃないのがスゴイ。ナイフは善人にも向けられている。
神様の句が2句あってどちらも良かった。ゴッド、じゃなくても、お客様は神様です、という言葉もあるし、ゴッドと考えない方がイメージがわきやすいかも。
折れ曲がる影で何度目かの悪さ 海賊芳山
プライドを捨てて頭を下げている影。でも頭を下げているのは影だけ。句材が多くてすっきりしないけど、それも作者の意図するところかな。
悪さするたびに影が折れ曲がる。「何度目か」とは言っているものの相当数の悪さをしているはずで、影はもうグチャグチャでしょう。句材の多さもグチャグチャな感じが出て効いている。
もし自分だったら下五を「迷い」としたかも。ボク悪いことできないし。でもこの句は「悪さ」としたことで突き抜けた魅力を持ちました
またまた、思い切り悪いことしそうですよ?
この3名で一番ワルいのは与生さんでしょ。
賛成
なんにも悪いことしてないのに・・・
(少なくともこの2人には)

入選、没が分かれた句

では入選と没が分かれた句に移ります。それぞれ入選と没の理由がわかるようにコメントお願いします。
綺麗なまま死のう熱帯魚が青い 浜﨑結花
(入選:久美子、与生)
綺麗なまま、が説明的。自由律にして

死のう熱帯魚が青い

の方が私には感性の刺激がある。死のうではなく、熱帯魚や青いを修飾することで「綺麗なまま」を示した方がイメージが深くなる。

綺麗なまま死のう、のあふれる自己愛が太宰治的で良い。ただ後ろはなんでもいいのかも。
そうそう。後ろがなんでもいいと思わせないためにも、熱帯魚か青に焦点を持っていきたい。
死のう熱帯魚が青い

の方が刺激的かもしれないけど、焦点は「青」でしょ。海と同じ色。着地で海と同化してる。

この句の焦点は「綺麗なまま死ぬこと」では?
綺麗は大事。まだ人間の手が触れてないものを想像させる。
大事だからこそ、直接表現するのではなく具象の力を使ってほしい。
USB仕様の指を持っている 怜
(入選:久美子、与生)
この句を見たとき真っ先に指の形をしたUSBメモリが思い浮かんだ(こちらを参照)。句の面白さは理解できるけど、すでにそのような製品があるのだから、もう「指」では弱い。
  こんな製品があるのを知ってるなんて損だね〜
物で見たらダメな句。
指先はとても敏感な場所。そして特別な場所だよ。本心は指先に込められていて、そこには温度だけではない、言葉に出来ない感情が入力されている。指先のデータ量は計り知れない。
USBはデータ転送とか異なる物資を接続する凸凹。生まれながらにそういう指を持っている人はしあわせかどうか。否応なしに他人と繋がり感情の交流をしなければならないとしたら。
手を取り合って共に行こう、という言葉がきれいごとだとわかる句。
水底に行き着くポラロイドカメラ 浜﨑結花
(入選:久美子、文切)
ポラロイドカメラは動くけど、光の届かない場所が一瞬照らされた。昔大切にしていたカメラは何処に行ったのか考えたが、水底なら諦めるしかない。
この句を写生句として読むと、水底に落ちたポラロイドカメラを見ている作者がいるわけで、もしかしたらポラロイドカメラに作者が写っているかもしれない。だまし絵のような不思議な風景。
ポラロイドカメラは水底で写真を撮りたかった。周りの反対を押し切って行き着いた水底は暗くて何も見えないし、自らは水で壊れてしまった。もう戻れない。オスメントの主演映画「A.I.」のような読後感。
いい句だよねぇ
ほんとにねぇ・・・

ん?ちょっと待って。与生さん、この句没にしてますよね?さっきの与生さんのコメントは完全に入選にした人のやつじゃないか!

そぅだそぅだ!
いや、入選にしなかったのは絵としてはありふれているかな、と。映画でカメラが海の底に落ちていく映像ってわりと見ることが多い。
私はその映像がデジャヴ的で逆に好感だったよ。
確かに私自身「A.I.」の映画を想起したし、想自体はありふれているかも。でも想がありふれているということは逆に言えば伝わりやすいということ。ありふれた想で良いイメージにするには相当な表現力が必要で、この句にはその表現力があった。
風邪ひくな鱈の唇からメール 岩根彰子
(入選:与生、文切)
鱈鍋は寒い冬が抜群に旨い。青森では鱈の産地ということもあり一尾そのまま店頭に並ぶ。その鱈から風邪引くな、オレでも食って元気出せ、というメールが来る。たらこ唇っぽい鱈の口も思い出します。
鱈の唇は音の響きから、たらこ唇を想起させる。じゃあたらこ唇でいいじゃないか、という意見もありそうだが、リアリティが全く違う。鱈の唇だからこそ表現できるメールの差出人への「わたし」の感情がある。
故郷の両親からの手紙を想ったが「唇」だから違う。鱈の唇が焦点だと考えると、私の気持ちにはマッチしなかった。
マネキンとカミングアウトする案山子 福村まこと
(入選:与生、文切)
カミングアウトしなくても周りは見た目でわかっていると思うのだが、本人は悩んでいたのかもしれない。
カミングアウトがちょっと軽い。マネキンと案山子も近すぎる。擬人法が平凡に流れちゃったかな。
その軽さがマネキンとは合う気がするけどね。
マネキンと案山子の違いを考えました。マネキンは新しい服を着るけど案山子は古着を着る。マネキンは家の中にいますが案山子は田んぼ。
案山子は人間の姿に近いが、マネキンは、足だけ、とか頭だけ、とか部分的な人間らしきものの集合。案山子が人間の生を表しているなら、マネキンは人間の死を表しているような。どちらがものとしてしあわせなのか、とか思いました。
対比ですか。私には両方同じようで読み流してしまったな。
疑問符も混ぜて今夜の粥すする 高浜広川
(入選:久美子)
「疑問符も混ぜて」も「今夜の粥すする」も見慣れた表現で新しさがないし、意表をついた組み合わせでもない。
疑問符の深さを考えさせられた。お粥は底なし沼。嫌な音まできこえる。
粥が想起させるのは深さより柔らかさや熱さでは?
そうかも知れないけど、この句に関してはわたしは深さを感じたよ。
健康でご飯を食べたい人にはおかゆは不本意な食べ物では。自分は白いふっくらご飯を食べたいのに、周りからはお粥を食べてなさいと言われてる。その違和感を書いたのではないでしょうか。
「今夜の」ってことは他の夜も粥食べてますよね。ずっと体調悪くて粥なのに、今夜の粥だけに疑問符を混ぜるでしょうか?
もう健康になったということでしょう。まあ、それも比喩で、年寄り扱いしやがって、の句かな。
雨の午後静かな食うか食われるか まさと
(入選:久美子)
この静けさほど怖いものは無い。「雨の午後」はよく聞く言葉だが、だからこそ、その先の怖さが生きている。
食うか食われるか、は生き物世界では必然的にあるもので、雨の午後、と書くのであれば、雨の午後特有の食うか食われるかを示さないと句としてはぼんやりしてしまう。静かな、の代わりにこれを暗示させる言葉はなかったか。
これも熱帯魚の句と同じで、静かな、は直接入れない方がいい。雨の午後はありそうな表現だし、食うか食われるかは慣用句。その間にあるのが「静かな」では強い主張は生まれない。
私は「静かな」に注目した。静かだからこそ、時間が流れる音まで聞こえてきそうだった。
静かな、を生かすと午後が不要かも。雨の午後が別な言葉ならどうか。
「初デート」はどう?
軽すぎ(笑)
南の島が詰め込んである福袋 平井美智子
(入選:与生)
デパートの福袋セールのキャッチコピーみたいな印象。「南の島に福袋を詰め込む」のような想だったらいただいたかも。
なんとなく「南の島」という表現がぼんやりしていた。福袋で何度も痛い思いをしている私にはいただけなかった。
北国の豪雪地帯に住む人は、雪の降らない外で寝ても凍死しない南の島に住むのが夢。そんな福袋があったら絶対買います。グラマーな南国美人とトロピカルフルーツも詰め込んであればなお嬉し。この句は北国の人は取る。
そうかも!
私も雪の句に弱いもんな・・・取るもんな・・・
この結果は相当面白いね。
巻き返すデリケートキーを駆使して 高田桂子
(入選:与生)
ぱっと見デリートキーの間違いに思えるけど、16音字になるので狙ってデリケートキーにした可能性は考えた。でもそうだとしても巻き返すは下五でいいし、巻き返すとデリケートのイメージが遠いと判断して没にした。
デリートキーを含めて、キーボードに存在するキーであればすべてボツにするが、この句はデリケートキーで成功した。といってもデリケートキーがなにかはわからない。
ただ、いままで見つからなかったために、生きてきて損をしたり、嫌われたりいじめられたりとかで、いろいろ劣勢だったのだ。不本意ながら。最近自分の中に新しく見つけたキー。長く生きて自分が持っているキーはすべて押したつもりだったが、まだ新しいキーがある期待と喜びを感じた。
私もデリートキーの間違いだと思ったけど、新しいキーなら目から鱗。確かにデリートキーなら音字数が足りないもんね。

デリケートキーってなんだと思う?

デリケートキーはデリートキーを想起させる。デリートキーはデリートしたい対象をデリートするキーである。従って、デリケートキーはデリケートにしたい対象をデリケートにするキーと考えられる。
ややこしい(笑)
自分をデリケートにしては巻き返せないので、相手をデリケートにして巻き返すつもりではないでしょうか。
なるほど。でも狙ってのデリケートキーだったとしても、対象が見えなくて輪郭がはっきりしなかった。まぁ対象なんて見えない方がいいのかもしれないけど、でもやっぱりデリケートキーは選者としては踏み込めない。
デリートキーの入力ミスや、デリートキーのことを間違えてデリケートキーと覚えている可能性は否めない。大会だったら「デリケートキー」の時点で瞬間的に没になるかもしれない。でもデリケートキーを見ただけで、直ちにデリートキーの間違いと考えてはいけないと思う。デリケートキーだからこそ生まれる主張はある。
確かに。柔軟な視点は必要だね。
ボクたちが四角い卵だった日よ 怜
(入選:与生)
大人になりきれない少年期。ツルンとした丸じゃなくてゴツゴツした四角で、あっちにぶつかりこっちにぶつかり生きてきた。途中で割れちゃった仲間もいれば、四角のまま大人になった仲間もいる。ボクはどんなカタチの大人になれただろうか。
句意を考える以前に、見覚えがあって遠慮した。全く同じ句ではないとは思うけれど「四角い卵」は印象に残る言葉。
「四角い卵」には「腐ったみかん」と同じような印象を持っている。シチュエーションとしては、親友が亡くなったことを思い浮かべた。
暇そうだ話そうかパーキングメーター 樋口りゑ
(入選:文切)
パーキングメーターは実際はずっと働いている。車で誰かを待ちながらヒマしてる「わたし」よりよっぽど忙しい、という軽さに惹かれた。
定型を無視していても内容に共感できればいいのだが、その両方が無かった。選をしながら没句は勝手に頭の中で添削してしまうんだけど、それも思いつかない。お手上げ感に包まれてしまった。
真っ先にイメージしたのが、ビートルズの「ラブリー・リタ」♪ Lovely Rita meter maid 愛しいリタは駐車違反の取り締まり、という曲。句は「〜そう〜そう」と続き韻を踏んではいるが、ぶっきらぼうにはじまり、最後は説明的な名詞で終わる。それがイメージの広がりを妨げてしまった。
#オレガシンダトイウハッシュタグサガス 月波与生
(入選:文切)
「ハッシュタグ」とは、Twitterを中心としたSNSで、投稿内のタグとして使われるハッシュマーク「#(半角のシャープ)」がついたキーワードのこと。検索しやすくする目印のようなものです。
第一感は没。SNSしてる人にしか伝わらないし、そもそもわけがわからない。川柳には一定のリアリティが必要と考えていて、例えば「#オレガシンダのタイムラインを眺めてる」みたいな句ならまだ現実感はある(ちなみに「#オレガシンダ」の検索結果は0、「#俺が死んだ」は検索にかかる)。
この句は「オレガシンダトイウハッシュタグサガス」というハッシュタグで現実感なしと判断して、選の最後の方までずっと没だった。ところが、少なくとも作者はこのハッシュタグを思いついている。そう考えると#オレガシンダトイウハッシュタグサガスが急に現実的に思えてきて、入選にした。
面白いと思ったが「#」がどうも邪魔で、二次選で落とした。一字空けや、記号に違和感を感じるのは私が古いのかもしれない。これからこんな句が増えると思ってはいる。
この句はハッシュタグである必要があるので、「#」は必須。なかったら没だった。
そっか。私SNSやってないからピンと来なかったんだね。句意はしっかり理解しているつもりだったけど。全部カタカナ、全部ひらがなの句が増えてきたけど、この句のカタカナ表記はプラスに働いている。
今回は選者なので抜ける句よりも物議を醸し出せるような実験的な句を提出しました。
これは川柳というより17音のハッシュタグです。もちろん#死にたい、の座間市の事件は意識しています。生々しさをぼかすために、ハッシュタグの使い方であるエゴサーチを文言にしました。すべてカタカナにしたのは、ハッシュタグだけカタカナにすると文言がうるさくなりますので隠してたかったのと、もう一つ意味がありますがそれは内緒。わざわざ#をいれたのはweb句会は披講しないので、視覚効果を狙いました。
こういう作り方は一発芸みたいなもので、一度やれば終わり、二度目はモノマネでしかなくなりますが。
一発芸というか早いもん勝ちだね。

入選なしの句

最後、入選なしの句。没の理由を明確にお願いします。
痰を吐く おたまじゃくしでございます 西沢葉火
一字空ける必要はなかったかな。
おたまじゃくしが痰を吐くイメージなら感性の刺激があったかもしれないが、一字空けにより「吐いた痰がおたまじゃくし」であることのイメージが強くなりすぎて面白さが損なわれた。
おたまじゃくしのような子供でも痰を吐いてしまう水の中(世の中)かな?深読みすると精子がさらに精子を吐くような世界、とか?
精子=痰は重い。精子=おたまじゃくしの軽さとバランスが悪い。
ございます、で仕立ては軽くしている。
仕立てを軽くしているのなら一字空けが不自然。一字空けで上五が必要以上に重くなっている。おたまじゃくしが痰を吐くという読みをさせないための一字空けに思えるけど、他に理由が考えられるでしょうか?
視覚的な狙いじゃないのかな?
視覚的狙いならぶっ飛び具合が足りない。でございます、の前に一字空けを入れてもいいし、おたまとじゃくしの間や、なんだったら「おたま。じゃくし」のような手法もある。「視覚効果狙ってます」というアピールが足りないよ。
一字空けでも十分ぶっ飛んでいると思うんだけどなぁ・・・
型にない幸せもある四股を踏む 坂本加代
「型」と「四股」の関係を考えてみます。相撲の型といえば雲龍型や不知火型が思い浮かびますが、四股はこれらの構成に入っています。「型にない」と言っているのに、型と関係がある言葉である四股と組み合わせたのではスムーズなイメージを促せません。相撲の句ではないですが、言葉の持つイメージの齟齬は句に影響します。
上五も中七も下五もありふれているので、ポイントになる言葉がほしかった。
四股を踏む川柳はよく見かけますが、なぜ日常めったにやらない動作が川柳で多用されるのか不思議。この句は型にない幸せを掴むために備える、ということなんでしょうが、四股を踏む、と書くとなにやら芝居めいた動作になってしまいます。多用されている、四股を踏む、を使わずに下五を書くとよくなります。
勇気与え金沢翔子ダウン症 藤井康信
病名と固有名詞の句。金澤翔子さんはダウン症の書道家です。で、この句をどう感じたらいいのか。金澤翔子さんから生きる勇気をもらったとするなら、そのときの作者の感情を川柳に表現すべきであり、病名と固有名詞を並べただけでは川柳にはならない。
技術的にはダウン症は金澤翔子に内包されるので、あえてダウン症を読み込む必要はない。また、勇気を与えているのは、ダウン症ではなく金澤翔子その人であるから、この観点からもダウン症は不要。
病名を詠み込む場合はかなりの注意が必要。自分や身内以外は、どうしても嫌悪感が残る。
カフェモカとモカのあいだでゆれて Zee 月波与生
「カフェモカとモカのあいだでゆれて」で十分過ぎる味があるのに、Zeeでぶっ飛んだ。椅子から落ちた感覚。本当に性格の悪い作者(笑)
飛ぶならもっと飛んでほしかった。例えばZooだったらいただいたかも。ゆれると眠りは近すぎる。
眠りか、なるほど。アルファベットの最後って意味とも考えられるよね?
眠りの意味のZeeと思う。アルファベットの最後の意味だったら、Zだけでいい。
これもハッシュタグと同じで実験的な句。最初は

カフェモカとモカのあいだでゆれて 冬
あるいは
カフェモカとモカのあいだでゆれて 月
でした。

句としてはこっちのほうが整いますが、ありふれた川柳になる。いい川柳は以前どこかでみたいい川柳と似ているから、いい川柳に感じたのかもしれない。まだみたことのない、いい川柳を作ることはなかなか難しいことです。
記号的なものにしなくてもかなりのインパクトでしたよ。もし、この句を国民文化祭に出すとしたら「月」にしましたか?
月、で出します。Zeeだとボツ間違いなし(笑)

大会の句が無難でありふれたものが多いのは、作り手側のそういう意識が作用している部分もあるような気がします。

選者サイドでは、他の人に伝わらない句をとると、「あいつは何をしとるんだ」と言われてしまうような風潮もあるのではないでしょうか。それっぽい句をとっとけば安心みたいな。でもそれっぽい句をとると、それはそれで「何やってんだ」という人もいて、選は難しいですね(笑)
未必の故意月を泣かせてムスクの香 菊池京
ムスクの匂いがキツすぎて、前半の言葉に付いていけなかった。月を泣かせるくらいだからいい男なんだろうけど、その男っぷりがイメージできなかった。
「未必の故意」というフレーズがこの句にとって未必の故意でありそう。これは技術的にはよくある手法。

マツコデラックスやヌートリアみたいに、それを軽く示してくれたら入選だったけど、「月を泣かせてムスクの香」を持ってきた。

難しくて色々悩んだけど、ムスクの香と未必の故意から、この句の「わたし」は盲目ではないかという考えが浮かんだ。「月を泣かせて」も、月は夜を想起させるし、夜の中では明るい月を泣かせてしまっていることからすると、盲目も遠すぎはしない。
しかし客観的には上記は読み過ぎでしょう。没の理由は、「未必の故意」が未必の故意であることと中七下五がマッチしない、とか、言葉が多い、とか取り繕うことはできるけど、そこで止めてしまってはいけない句だと思う。自分の力不足で入選にできなかったとも感じる句でした。
単純に意味が分からなかった。裏側から見ても、ひっくり返しても私の手に負えない気がして入選にできなかった。抽象画に対するイメージ吟に見えた。「選者を超えた句は入選しない」の典型かもね。

まとめ

選評は以上です。

ムカついている方、へこんでいる方、喜んでいる方、色々おありかと思いますが、もう一度最初の「必ずお読みください」を読んでみてください。あくまで各選者の1つの考え方を示したものですので、各句ここに示したものとは全く逆の考え方も、もちろんあります。

各選者からの感想をそのまま掲載することで、本選評のまとめとさせていただきます。

選が終わった時点では、いつもの選となんら変わらない気持ちでした。「なんじゃこりゃ?」は没にしましたし、当たり前のことは当たり前に捉えていました。

ですが、選評を三人でしていく中で、目から鱗が落ちまくり状態になり相当な戸惑いが生まれました。落ちていく鱗がとても不思議な色をしていて、新しい世界に足を踏み入れた気分です。
この経験は、これからの私の選にも大きく影響していくのではないかと思います。
例えがマニアックな与生さん、怖いもの知らず発言の文切さん。ここに私を入れてくださって本当にありがとうございました。選評はとても楽しい時間で、ずっと話していたかったです。川柳を愛している方はきっと、私と同じ気持ちになられるのではないでしょうか。
川柳には選者が取りやすい文法というか、構文はたしかにあって、それをマスターすれば大会でもある程度な順位まではいけて、賞品もがっぽり貰えたりします。ただそんなことばっかりやっていると、川柳が停滞してつまらないものになってしまいます。つまらない場所に高齢者しかいない。これはもう衰退以外のなにものでもありません。

このweb句会は天位になろうがなにも賞品はありません。だからこそ普段句会、大会で出していないような、挑戦的、実験的な句をもっと期待してました。

佳作、三才の句は面白く読めました。特に高田桂子さんのデリケートキーはダントツでした。でも文切さんが書いているように、この句は普通の大会ではボツかも知れません。

20万回句会、30万回句会と飽きた方もたぶん多いとおもいますが40万アクセス記念大会も生きていれば批評を書きます。次回はもっととんでもない、川柳界の重鎮が顔をしかめるような、挑戦的実験句を期待します。こんなわたしに投句していただきありがとうございました。

まず、没句も掲載という条件にも関わらず、ご投句いただいたみなさまに感謝致します。

そして、選者の真島久美子さん、月波与生さんには、この選評に多大な時間を割いていただきました。お礼申し上げます。

選評時お二人には、「句、作者、選者に対しての敬意はあるものとして、率直に意見を述べてほしい」とお願いしました。私自身もそのように心がけて発言をしております。

当初は、編集で表現をマイルドにして掲載するつもりでしたし、お二人にもそのように伝えていました。しかし結局、思う感じるを省いた以外はほぼ発言のまま掲載しております。編集しながら「ストレートすぎる表現ではないか?」と思う部分もありましたが、そのまま掲載するメリットを優先しました。このようなストレートな議論を掲載することは選者にもリスクがあるわけですが、受け入れていただいたお二人に感謝します。

次回40万アクセスの記念句会も、同じメンバーで実施します。すでに公開しているとおり、選をしません。選をしないことについてはお二人から色々とご意見いただきましたが、最終的には自分の考えを通しました。試験的実施ということでお付き合いください。まずやってみて、結果を見てから今後について考えます。

次回はおひとり1句となりますが、全投句を今回のように議論します。今回は選をしましたので、入選又は没の理由がわかりやすくなる場合には、添削のようなコメントもしました。しかし、次回は選をしませんので、添削的な要素は除いて句の読みを議論します。

今回は約25句議論しました。次回は2倍から3倍になるでしょうか。久美子さんと与生さんにはさらなるご尽力をいただかなければなりませんが、私たちが困るくらいご投句をいただけたら、これに勝る幸せはありません。みなさまのご参加お待ちしております。

「選評:30万アクセス記念句会」への4件のフィードバック

  1. いいなあ〜楽しそう。全国の句会や大会もこんなふうなら眠くならないのに…こんなことならもっとはっちゃけた句を出せばよかったかな?でも自己満足で全く共感出来ない句ってのも何だかなと思うし。
    あ、文切さん、〝川柳少女〟っていうコミックス知ってます?めっちゃ笑える、あれで若い人たちに川柳流行らないかなあ。

    1. りゑさま
      コメントありがとうございます。次回はっちゃけた句のご投句お待ちしております。
      川柳少女、あまり読んではいませんが人気のようですね。でも読者は、川柳少女を読んで「主人公かわいい!」とは思っても、「ボクも川柳しよう!」とは思わないでしょうね、きっと。

      1. 座談会はストレートでいいと思いますよ。成長したいと思う人はしっかり読むし、そうでない人は目をそらすだけですから。自分が気持ちいいことばかり言われてても成長できないし。
        私の句について与生さんがコメントしてくれてるのが嬉しい…。
        「川柳少女」の主人公は、考えがまとまらないので川柳で会話する、という設定ですが、良く考えると逆ですよね。でも、会話を川柳にすると妙に面白いんですよね。
        舞台も「柄井高校」って…。

        1. そうそう、私も細かいとここだわってんなぁと思いました。「川柳」という単語に触れる機会を増やすという意味では、大きいと思います。直接的な影響はなくても、たくさん目にすると思考に影響してくるらしいです。

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