中原諷人追悼誌上大会

「鹿野みか月」設立からの会員であり、長らく会の中心にあった中原諷人さんが亡くなって三年になります。この度、諷人さんを偲んで誌上大会を実施致します。選者は諷人さん所縁の方々にお願いしております。皆様のご参加をお待ち致します。

課題と選者(各題二句 共選)

「 実  」 森中惠美子(大阪)    恒弘衛山(岡山)  新家完司(鳥取)

「   踊る   」 辻晩穂(北海道)   木本朱夏(和歌山)   長浜美籠(兵庫)

「 甕  」 小島蘭幸(広島)   永石珠子(長崎)  八木千代(鳥取)

投句用紙 規定用紙(A4で印刷してご利用ください)
※印刷できない場合はお問い合わせからご連絡お願いします。
投句料  1,000円(定額小為替・切手不可)   大会誌・遺句集呈
投句締切 平成28年6月30日消印有効
投句先  689-0405 鳥取市鹿野町鹿野1279 中原みさ子 宛

※各選者「天」の句に粗品を用意しています。

主催 川柳塔鹿野みか月
協力 川柳塔おきなわ準備室

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中原諷人さんに関する参考情報

川柳塔鹿野みか月
中原諷人さんが管理されていたブログ。
現在は本サイト管理人が更新しています。
上記ブログの諷人さんの遺稿作品についての記事

本サイト管理人による諷人さんに関するエッセイ
インターネット句会「ゆうゆう夢工房」さまに寄稿したエッセイ。トップページおはよう広場の「今月のリストを見る」をクリックし、「前の月」で2015年8月24日から30日の記事でご確認いただけます。

2015年8月24日
森山文切と申します。
おはよう広場を今日から30日まで担当します。
この1週間、川柳作家中原諷人氏を紹介させていただきます。
私は彼を諷人さんとお呼びしていたので、以降諷人さんと表記します。
諷人さんは昭和54年から川柳を始め、私の父である森山盛桜らとともに鹿野みか月を立ち上げました。昭和60年には父と同時に川柳塔本社同人に。お母様の汲香さん、奥さまのみさ子さんも川柳作家で、川柳一家として長年活躍されました。平成25年に70歳で亡くなられました。
諷人さんの句で一番有名な句は、次の句でしょう。

花になり実になり踊り抜く系譜
(第14回 国民文化祭ぎふ’99 文部大臣奨励賞)

私が川柳を始めたのは諷人さんが亡くなった後で、この句も亡くなった後初めて知りました。残念ながら諷人さんの句について彼と語ることはもうできません。しかし諷人さんの句は、彼自身を語り続けています。その一端を、おはよう広場でご紹介させていただけることを嬉しく思います。

2015年8月25日
諷人さんの句の特徴として、難読漢字を好んで用いる点が挙げられます。彼の感性とも相まって、独特の世界観を感じさせます。

根元から瞬発力を念っている
堪えては怺えて凭れあう夫婦
ひたむき辿り今年の線描画
資しの密かなちから秋野菜
ふるさとの涅槃の像に変わりなし
茶筅わさわさ太閤の赤い傘
善となるはなし滴る木の精
動乱のはなしも啓蟄の二月

2015年8月26日
諷人さんは先天的に身体に障害があり、晩年は呼吸用のボンベが手放せない状態でした。このこともあり、彼の体や死についての句を多く残しています。

年輪の層から洩れてくる呼吸
謙遜の五体しっかり生きとうて
この世から笑う醍醐味ではないか
かたつむり仏の腕を慕いおり
来世まで杖曳くおとが蹤いてくる
限界もまだ踏ん張ってみたくなる
サービス判ほどの余命を重んじる
こんなにも命乞いした灸の痕

2015年8月27日
私と諷人さんの思い出で川柳に関わるものを。私は数年前に結婚したのですが、諷人さんから御祝儀と一緒に句も頂きました。

幸福を撮む箸二本でつまむ 諷人

当時はまだ川柳を始めておらず、意味がよくわかりませんでした。意味どころか「撮む」の読み方も知りませんでした。お母様の汲香さんからも句を頂きました。

ハンカチを吸うた坊やが華燭の日 汲香

私は小さいとき黄色いハンカチが好きで、ずっと手放さなかったそうです。ボロボロのハンカチを握りしめていた記憶がうっすらあります。ですので、この句は意味がわかりました。意味がわかる句を贈っていただいたのだと思います。

2015年8月28日
今年の5月、実家に帰省した際に諷人さんの仏壇に句をお供えさせていただくことにしました。諷人さんは川柳を抜きにしても父の友人であり、小さいころからお世話になっていました。森山盛桜の息子が本格的に川柳を始めたことを知ったらとても喜んでくれたと思いますが、諷人さんが生きている間にその報告ができなかったのは残念です。
句を供えるといっても、これまで経験はありません。短冊に句を書くのも初めてです。悪戦苦闘しながらも、諷人さんの句「花になり実になり踊り抜く系譜」を踏まえて、次の句を供えました。

踊り抜く系譜に凛と桜の芽 文切

2015年8月29日

踊り抜く系譜に凛と桜の芽 文切

実家のある鳥取県鳥取市鹿野町は、川柳が盛んな地域として知られています。特にジュニア川柳では、諷人さんや父が小中学校で指導してきたこともあり、国民文化祭で好成績を残しています。
揚句の自解は、「鹿野の川柳の系譜に加わるべく、盛桜の息子が川柳を始めました」です。父の解釈は「諷人さんの魂は鹿野の桜*としてずっと生き続ける」でした(この解釈では「芽」がどうかとも言っていました)。
*諷人さんの家の近くにある鹿野中学校は、桜の名所としても有名。
諷人さんの奥さまであるみさ子さんの感想は、たった一言でした。

「あっ、桜の芽ね。」

それ以上の感想は聞いていませんが、自解に近いことが伝わったと勝手に思っています。

2015年8月30日
諷人さんは生前、川柳塔鹿野みか月の事務局をされており、ブログを立ち上げていました。諷人さんが亡くなってからずっと更新されていませんでしたが、この6月から私が管理を引き継ぎました。このブログでは、諷人さんの句も紹介しています。

川柳塔鹿野みか月
http://teruhiko.blog24.fc2.com

このブログは、諷人さんのためだけに再開したのではありません。奥さまであるみさ子さんや父、私といった「中原諷人」と時間を共有した人々が、「中原諷人」の句を通じて、彼が語ることを再確認するために再開しました。そして、彼の句が語ることは、彼を直接知らない方にとっても心を動かすものであると私は思っています。
1週間おつきあいいただきありがとうございました。諷人さんの句で締めさせていただきます。

つばさの下に抱き占めている本音
陽を芯に果実の笑いごえがする
のこる文のこらぬ文も人が描く
平熱になるまで解いてきた真偽
どの仲を疑うもなくヒト科の炎
右ひだり脳いっぱいに在る秤
ていねいに刻む人生ではないか
三者三様に点滅するいのち

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